大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和43年(わ)1358号 判決

被告人 富樫こと冨樫厚

昭一九・三・一五生 学生

岡龍二

昭二三・一〇・二三生 パートタイマー

主文

被告人冨樫を罰金七千円に、被告人岡を罰金壱万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金壱千円を壱日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人冨樫は、京都大学工学部の学生として、被告人岡は、同大学文学部の学生として通学していたものであるが、昭和四三年一〇月七日、京都大学全学連主流派の代表者赤松英一主催のもとに、「一〇・八羽田一周年記念、山崎君追悼」を標榜して、京都市左京区地内の京都大学から、同区東大路通一条交差点を経て、東大路通を北進し、同区東大路通今出川通称百万遍交差点を左折して西進し、さらに、同市上京区河原町今出川交差点を左折して河原町通を南下し、四条河原町交差点を左折して四条通を東進し、同市東山区円山町地内の円山公園に至る道路上で行なわれた集団示威行進に、京都大学全学連主流派傘下の学生ら約二五〇名とともに参加したところ、右集団行動に対し、京都府公安委員会が与えた許可には、交通秩序の維持に関する事項として、「道路上でジグザグ行進、うず巻き行進、逆行進を行ない、またはことさらなおそ足行進もしくは停滞またはことさら隊列の幅をひろげて行進するなど一般の交通秩序を乱すような行為をしないこと」等の条件が付されていたにもかかわらず、

第一  被告人両名共謀のうえ、

(1)  同日午後五時四八分ころ、同市左京区東大路通一条交差点において、前記デモ隊の前から一番目の梯団約九〇名(以下第一梯団と略称する)の学生らが、右許可条件に違反してジグザグ行進およびうず巻き行進を行なつた際、同梯団の隊列先頭列外に位置し、被告人岡において、「安保粉砕」の唱和に合わせて断続的に笛を吹きながら、右隊列先頭列員が横に構え持つた長さ約一、五メートル、直径約一〇センチメートルの竹竿を前向きに掴み、被告人冨樫において、その横に並び同様に右竹竿を掴んで引張るなどして、約二分間にわたり同梯団の右行進を誘導し、

(2)  同日後午五時五五分ころ、同区東大路通今出川通称百万遍交差点において、前記第一梯団の学生らが、前同様ジグザグ行進およびうず巻き行進を行なつた際、前同様の手段方法によつて、約四分間にわたり同梯団の右行進を誘導し、

(3)  同日午後六時一二分ころ、同市上京区河原町今出川交差点において、前記第一梯団の学生らが、前同様ジグザグ行進およびうず巻き行進を行なつた際、被告人岡において、前同様の手段方法によつて、被告人冨樫において、その横に並び、前記竹竿をうしろ手に掴んで引張るなどして、約三分間にわたり同梯団の右行進を誘導し、

(4)  同日午後六時一八分ころ、同市上京区河原町今出川交差点下る一筋目付近南行車道上から、同区河原町白梅図子下る付近に至る約二五〇メートルにわたる地点において、前記第一梯団の学生らが、いわゆるフランス式デモを行なつた際、被告人岡において、同梯団の隊列先頭部列外で、同梯団に対面して笛を長く吹くとともに、同梯団の先頭列員が横に構え持つた竹竿の東端を道路中央部方面に押し、被告人冨樫において、同梯団の先頭部列外に位置し、同梯団先頭列員に背を向け両手を左右に拡げたまま進行し、それぞれ合図をするなどして、ことさら同梯団の隊列の幅を道路いつぱいにひろげる行進を行なわせて誘導し、

第二  被告人岡は、同日午後六時二三分ころ、同市上京区河原町広小路交差点において、前記第一梯団の学生らが、前同様ジグザグ行進を行なつた際、同梯団の先頭列外に位置し、笛を吹き、竹竿を前同様に両手で掴んで引張るなどして、約二分間にわたり同梯団の右行進を誘導し、

もつて、それぞれ京都府公安委員会が付した前記許可条件に違反して行なわれた集団示威行進を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、包括して昭和二九年京都市条例第一〇号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例第九条第二項、第六条第一項但書、刑法第六〇条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人冨樫を罰金七、〇〇〇円に、被告人岡を罰金一〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して全部被告人らに負担させない。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、昭和二九年京都市条例第一〇号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例は、政治的思想を共通にする集団行動にのみ適用されるものであり、それが「表現の自由と集団行動の本質」に悖ることは明らかであるから、憲法第二一条の規定に違反すると主張する。

たしかに、前記条例(以下単に京都市公安条例と略称する)は、その関係する諸規定を総合してわかるように、集団行進および集団示威運動(以下単に集団示威行進と略称する)の中でも、主として政治、経済、労働等に関する思想等に胚胎する行動を規制の対象とされていると称しても敢て過言ではないのであつて、このような規定措置は、近代民主制社会機構のもとでは、とりわけ深い関心の的とならないわけにはいかない。さればこそ、この種のいわゆる公安条例における集団示威行進を規制の対象とする諸規定が、憲法第二一条の規定に違反するか否かについては、夙に、識者の間で議論を沸かせ、その合憲性に深い疑惑を抱かせたところであつて、京都地方裁判所においても、京都市条例違反被告事件について、累次にわたる判決で、これらの諸規定が憲法第二一条の規定に違反する旨判示しているのである。(昭和四二年二月二三日言渡、下級裁判所刑事裁判例集第九巻第二号等参照)

しかるに、最高裁判所は、同四四年一二月二四日の大法廷判決で、「このような内容をもつ公安に関する条例(京都市公安条例)が憲法二一条の規定に違反するものでないことは、これとほとんど同じ内容をもつ昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例についてした当裁判所の大法廷判決(昭和三五年七月二〇日言渡)の明らかにするところであり、これを変更する必要は認められない」旨判示し、ここに合憲と明認するに至つたのである。

おもうに、集団示威行進は、前記京都地方裁判所の判決が詳述しているように、それが表現の自由の一形態として、思想等の自由な交換を不可欠の要素とする民主制社会機構のもとでは、憲法上保障された基本的人権の構造体系の中でも、優れて重要な地位を占めるものとして尊重されなければならないと解すべきであるから、集団示威行進を規制するにしても、それは、必要かつ最少限度にとどまるべきは多く異論のないところである。(最高裁判所大法廷昭和三五年七月二〇日判決参照)したがつて、このような趣旨に鑑みると、集団示威行進を規制するのに許可制を採用している京都市公安条例については、その規定に徴してうかがいうるように、たとえ、許可を本則とし不許可をできるだけ制限しようとしていると解せられるにしても、公安委員会の裁量にまかされている許可基準が、抽象的でかつ不明確とのそしりを免れえないことや、右裁量の恣意的な危険性に対する有効適切な救済措置が講じられていないことや、同条例が許可と屈出制(京都市公安条例第三条参照)を別異の概念としてとり入れ、許可制をもつて実質的に屈出制とかわらないものとは解し難いこと等に照らして考察すると、その合憲性を肯定するうえにおいても、基本的人権の真義に立ちかえり、さらに深く思索をかさね、慎重に検討を要すべき諸点のあることを、全く否定し去るわけにはいかないものと信ずるのであるが、今や最高裁判所は、前記のように、昭和四四年一二月二四日の大法廷判決において、京都市公安条例の集団示威行進を規制の対象とする諸規定が合憲であると判示したのであるから、将来これと異なる判断をしなければならない特段の事情が新たに発生したと認められない限り、現行の裁判制度における基本的構造と、法的安定性の確保の見地から、右大法廷判決を判例として尊重し、その趣旨に従うべきものと考える。

ただ当裁判所としては、公安委員会の権限濫用による危険性が絶無でないことを憂慮するのであるが、この点については、前記大法廷判決が、その基準とされた最高裁判所昭和三五年七月二〇日の大法廷判決中に、特に、「その運用如何によつては憲法二一条の保障する表現の自由の保障を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきこともちろんである」と説示された趣意とその効果に多くの期待と信頼をおきながら、京都市公安条例における集団示威行進を規制の対象とする諸規定は、前記判例の趣旨に従い憲法第二一条の規定に違反しないものと判断する。

弁護人の主張はこれを排斥する。

(二)  弁護人は本件許可条件は、京都市公安条例第六条第一項但書に基づくのであるが、同条項は、集団示威行進の許可に際して付しうる許可条件として単に「交通秩序の維持に関すること」などと定め、その基準が判然としないから、犯罪の構成要件としては明確性を欠き、憲法第三一条に違反すると主張する。

弁護人の右主張は、集団示威行進の許可基準そのものではなく、許可に際して付しうる条件の明確性に関してである。そこで、京都市公安条例第六条についてみるに、公安委員会が許可に際して付しうる条件としては、「交通秩序の維持に関すること」などと規定していて、それ自体に関する限り、これを犯罪の構成要件的事実の観点からすると、一見抽象的で明確性を欠く嫌いがあるやに思えるかも知れない。だが、交通秩序の維持に関する事項の一事をとらえてみても、これに関する事項として、あらゆる集団示威行進に共通する画一的な許可条件を、条例中に網羅的かつ具体的に規定することは、ほとんど不可能な業といわなければならない。けだし、集団示威行進は、多く個別具体的であり、その実体(時間、場所、目的、人数、携帯物等について)は多種多様であるので、その許可に際して付しうる条件もまた、一律ではありえないからである。

されば、京都市公安条例第六条が、単にその条件を付しうる事項の範囲を規定するにとどめ条件の個別具体的な決定を公安委員会の適切な判断による裁量に委せたのは、右のような合理的必要性に基づく措置というべく、そして、これを本件についてみるに、公安委員会が、その許可に際して付した判示にみられるような事項等の諸条件は、すべて右条例の規定の趣旨に則り、その範囲内において具体的かつ明確に表示されているものと認められるので、これを犯罪の構成要件的にみても、その明確性に毫も欠けるところはない。

弁護人の主張はこれを排斥する。

(三)  弁護人は、京都市公安条例が、第六条第一項において、具体的な許可条件付与の権限を公安委員会に委せたのは、刑罰となるべき構成要件事実を、法律に根拠なく再委任したものであつて、憲法第三一条に違反すると主張する。

おもうに、普通地方公共団体が、その自主立法制定権に基づいて制定する条例は、憲法第九四条を根源とし、民主的な地方議会の議決を経由しているのであるが、その中の罰則に関する規定は、本来行政上必要な状態の実現そのものを内容としているものではないから、同条により直接的に与えられた条例制定権の範囲には属せず、地方自治法第一四条第一項、第五項によつて、はじめて条例に罰則規定を設ける権限を与えられたものと解すべきである。

そして、京都市公安条例についてみるに、同条例が右法条に根拠をおいて制定され、それに含まれる罰則規定が、いわゆる白地式刑罰法規の性格を帯びていることは、その規定に徴して明らかであり、その補充を公安委員会に授権していることは、前示(二)で説示したような理由により合理的必要性が認められるのであるから、さらに、京都市公安条例が、法律の明文を俟たないで、構成要件事実となるべき許可条件の個別具体的な事項の決定を公安委員会に再委任しても、それが法律の趣旨に反しない限り許容されるものというべく、したがつて、京都市公安条例第六条等の罰則に関する規定が憲法第三一条に違反しないことは明らかである。

弁護人の主張はこれを排斥する。

(四)  弁護人は、本件許可は、京都府公安委員会会議運営規則(昭和三〇年六月一四日京都府公安委員会規則第一二号)第一〇条による、いわゆる「持廻り審議」なる形式によつてなされたものであるが、右審議は同条の要件を充足しない違法な手続によるものであるから、右許可に付された条件は無効であると主張する。

右運営規則第一〇条は、「緊急事態その他臨時緊急の必要があると認める場合において、会議を招集することができず、または会議を招集してもこれを開くことができないと認めるときは、京都市内に現在する委員は第二条の規定にかかわらず委員会の権限を行うことができる」と規定している。

そこで、まづその緊急性について考察するに、京都市公安条例第四条によれば、集団示威行進の主催者は、これを行なう日時の七二時間前までに、開催地を管轄する警察署を経由して、許可申請書を公安委員会に提出しなければならず、同第六条第二項によれば、公安委員会は原則として集団示威行進を行なう日時の二四時間前までに、主催者または連絡責任者に許可状を交付しなければならないこととなつている。ところで、右運営規則第四条によると、京都府公安委員会は、定例会議を毎週一回定例日時に開くものとされ、関係証拠によれば、右定例会議は毎週木曜日に開かれていることが認められるところ、本件にあつては、昭和四三年一〇月七日(月曜日)に行なう集団示威行進について、主催者は、その許可申請書を同月四日(金曜日)に提出したのであるから、これを次期定例会議の開催を待つて付議するいとまのないことは明白であり、したがつて、右行動日時との関係からみて、まさに臨時緊急に処理する必要のある場合にあたるものということができる。

次ぎに、京都府公安委員会が右許可申請を付議するにつき、臨時会議を招集することができない場合であつたか否かについて考察するに、公安委員は一般に非常勤であり、(地方自治法第一八〇条の五第五項)本件当時、同公安委員会を構成していた五名の公安委員についてみても、医師二名、歯科医師、弁護士、会社々長各一名であつてそれぞれ定職を有し、多忙な日々を過ごしていたことが推測されるのであつて、しかも、そのころの同公安委員会に対する集団示威行進許可申請書の提出は、年間六〇〇件ないし七〇〇件の多数に及んでいた実情に照らせば、本件許可申請書提出の日時から、所定の手続を経て行動日時の二四時間前までに許可状を主催者に交付するまでの僅か二日間内に、同公安委員会が、臨時会議を招集して定足数の公安委員の出席を求め、これを審議することは、その間に土曜日、日曜日が含まれることなども考慮に入れると、手続その他のうえで極めて困難な状況にあつたものというべく、右はまさに臨時会議を招集することができない場合にあたるものと認めるのが相当である。

されば、本件許可の審議は右運営規則第一〇条の要件を充足し、なんら違法のかどは認められないから、その許可に付された条件は、もとより有効といわなければならない。

弁護人の主張はこれを排斥する。

(五)  弁護人は、判示ジグザグ行進およびうず巻き行進ならびにいわゆるフランス式デモをするに際しては、何ら「交通秩序」が実質的に阻害されていないから、被告人両名の行為は可罰的違法性がないと主張する。

おもうに、被告人両名の本件誘導行為の対象となつた集団示威行進は、判示のように「一〇・八羽田一周年記念、山崎君追悼」を標榜して行なわれたものであつて、その行進の目的が社会的にみて正当なものとしての評価に耐えうるか否かはともかく、右集団示威行進自体は、憲法第二一条によつて保障された表現の自由の一形態として、正当な行為と目されることは毫も疑いをいれないところである。しかしながら、集団示威行進自体が正当の故に、その行為全体が、常に社会通念上容認された相当性の評価を受けるものとは限らない。その集団示威行進においてとられた手段、方法、ならびに一般に対する実害の程度如何によつては、却つて社会的に非難される場合もありうるのである。

これを本件についてみるに、前掲証拠によると被告人両名は本件集団示威行進に際して、判示日時に前後五回にわたつて、共謀または単独で、京都市内有数の幹線道路に数えられる判示場所の路上において敢行されたジグザグ行進およびうず巻き行進ならびにいわゆるフランス式デモを各数分間指導したのである。そして、右のようなジグザグ行進およびうず巻き行進ならびにフランス式デモは、京都府公安委員会が、交通秩序維持のために付された前示許可条件に違反する行為として、抽象的危険をともなうばかりでなく、現実的にも、特に交通量の多い右時間帯におけるジグザグ行進等の違法な行動に際して、東大路通一条交差点付近では、南北両方面等合わせて電車三台、自動車約七〇台が停車し、通称百万遍交差点では約四〇台の自動車が停車する等、前記各交差点における同様の交通停滞が認められ、いわゆるフランス式デモの際にも約一〇台の自動車が車道の中央に停車するなどした事実が認められ、それぞれその付近における一般車輛等の往来が著しく渋滞し、交通の混乱をきたしたことが推認され、その交通阻害による実害の程度は、諸般の状況に照らしてみると決して軽微とはいえないものがある。しかも、本件集団示威行進は、前記ジグザグ行進等許可条件によつて禁止された方法による以外に、その目的を達成し難い実情にあつたものとは認められないし、他方国民は、このような一般交通阻害をともなう違法な集団示威行進を忍受しなければならないいわれもない。

このようにみると、前記の時間と場所において行なわれたこの種程度の一般交通阻害の実体をともなう本件ジグザグ行進およびうず巻き行進ならびにいわゆるフランス式デモの行進は、憲法上保障された表現の自由の一形態としての高度の価値と比照しても、なお、社会通念上容認された相当性の限度を超えているものと認めるべく、したがつてこれを誘導した被告人両名の本件行為は実質的違法性を具備し、可罰的評価を免れることはできない。ここに可罰的違法性の理論をとり入れた場合にも、その理論を適用する余地はないものといわなければならない。

弁護人の主張はこれを排斥する。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例